篠山紀信が振り返るヌード写真史「僕はヘアヌードって言葉が嫌いなんです」

2/22(金) 19:00配信

数々の有名女優の写真集を世に送り出してきた写真家・篠山紀信

数々の有名女優の写真集を世に送り出してきた巨匠・篠山紀信が新たに作り上げたヌード写真集シリーズ『premiere(プルミエール)』。女子大生ユニット「キャンパスクイーン」の卒業生で、現在は新人女優として活動する、高尾美有、結城モエ、松井りなの3人がすべてをさらけ出したこの作品は、「男性目線」が主流だったグラビア界において、篠山紀信にとっても初の「女性目線」で撮られたヌード写真集となった。

【画像】左から結城モエ、松井りな、高尾美有

篠山がこの作品に込めた思いを聞いたインタビュー前編に続き、後編の本記事では、日本の雑誌におけるヌード写真のパイオニアとしてオンナたちを撮り続けてきた篠山が考えるヌード写真の今後、さらにはウェブ時代における写真の未来にまで話が及んだ。

■今の常識はヘアのないヌード?
――篠山さんにとって「女性目線」のヌード写真集は初めての経験だったということですが、ご自身にとって、素晴らしいヌード写真集を作るために必要なものとは何でしょうか?

篠山 僕自身というより、環境が大事ですね。今回のような企画はほぼ無名の女のコたちだからできた。これが大女優だったら、しがらみがたくさんあるじゃないですか。僕が宮沢りえの『Santa Fe(サンタフェ)』を出したのは30年近く前だけど、あれは彼女のお母さんというものすごいマネージャーがいて、あの人がいいと言えば何でもできるという環境だったからできた作品なんです。

その点、ほかの女優さんはどうしても事務所をはじめとするいろんな意向に左右されてしまう。被写体である本人が「この写真がいい」と言っても、いろんなしがらみの中で、「これはダメです」「コマーシャルに影響する」とか言われる。今回はそういうものが何もなかったですからね。最近では本当に稀有なことでしたよ。

――こういう写真集において、カメラマンの自由度というのはどんどんなくなってきていると。

篠山 そうですね。......あ、この写真集で彼女たちにアンダーヘアがないのは、もともとなかったからだからね。

――それは撮影のためにやったわけじゃない?

篠山 そういうコもいたかもしれないけど、こっちから指定したわけじゃないですよ。ただ、僕はヌード写真にアンダーヘアなんていらないと思うんです。僕が樋口可南子さんの『water fruit』という写真集を出したとき(1991年)に、マスコミが「ヘアヌード」という言葉を作って騒ぎ立てたんだよね。僕は芸術作品として撮影したけど、マスコミはヌード写真集をヘアヌードという"新しい商品"にしてしまった。

この言葉を僕は1回も自分の作品に対して言ったことがないし、使いたくもなかった。だけどマスコミに散々言われてあんまり悔しかったから、新潮社から『hair(ヘアー)』というアンダーヘアだけが写っている写真集を出したことはあるよ。そんなに「ヘアヌード」って騒ぐなら、「ヘアー」だけの作品はどうだって(笑)。

――そんな写真集もありましたねえ。

篠山 でも、今どきの気の利いた女のコはそもそもアンダーヘアなんてないんですよ。だから週刊誌の撮影なんかだと、編集者が恐る恐る、「先生、ヘアーあるんですけど......」ってかつらみたいなやつを持ってくるんだ。それで「これを貼り付けて撮影することはできませんか?」なんて言ってくる。

――そんなのがあるんですか?

篠山 ありますよ。でも、僕は「バカなことを言っちゃいけないよ」と言って、一切つけないですね。

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