出川哲朗と30年来の親友”チェン”との類のないストーリー(日刊ゲンダイDIGITAL)

出川哲朗(C)日刊ゲンダイ

コラム【今週グサッときた名言珍言】

「正直、紅白の審査員より、学生時代からの親友の、司会の“チェン”の応援にきました。がんばれよ!」(出川哲朗/NHK「第69回NHK紅白歌合戦」2018年12月31日放送)

 昨年末の「NHK紅白歌合戦」の総合司会は、2年連続で内村光良だった。「紅白」といえば、その年にさまざまな分野で活躍した人物が審査員を務める。そんな審査員たちを司会陣が紹介していく。内村に「なぜか私が紹介するハメになってしまいました。友人の出川哲朗くんです」と照れくさそうに紹介され、出川哲朗(54)が返した言葉を今週は取り上げたい。

 内村が「紅白でチェンはやめてください」と言うと、出川は「なぜならジャッキー・チェンに似てるから」と、そのあだ名の説明をして、さらに内村を照れさせた。

 内村と出川が出会ったのは、彼らがまだ10代の頃。横浜放送映画専門学院(現・日本映画大学)に入学した日だった。一番最初に友達となり、一緒に帰るとき、横浜駅のエスカレーターで出川は「俺は劇団をつくりたい」と言った。「僕もそうだ」と内村は返し、がっちり握手を交わした。

 その頃から出川は熱い男だった。矢沢永吉の自叙伝「成りあがり」に強く影響を受け、「俺は将来、ビッグになる!」と力強く宣言していたという。一方、内村は学校の中でも目立たない存在だった、と出川は言う。

「チェンは学校ではまったく目立たない、正直、華のない男で、芝居でも端役ばかりだった」(太田出版「Quick Japan」vol.63)

 だが、一方で「女のコにはなぜかすごくモテました」(同前)と。この当時から内村の人たらしの才能は開花していたのだ。

 出川は、内村が住んでいたアパートの近くのミスタードーナツで連日朝まで夢を語り合っていた。「俺は、性格俳優を目指していこうと思うんだ」と言う出川に対し、内村は映画監督になる夢を語っていた。内村は高校時代からクラスメートと自主映画を作っていた。文化祭で上映すると超満員になるほど。だから自信があった。

 当然、映画学校でも出川や南原清隆、入江雅人ら同級生たちが出演し、8ミリ映画を作った。それが「お座敷小唄」だ。出川は「後の内村光良をほうふつさせる素晴らしい作品」(集英社「未・知・子―ウッチャンナンチャンの愛と謎の告白手記」1990年3月発売)と振り返っている。

 自信満々で、その作品を「ぴあフィルムフェスティバル」に応募。だが、結果は1次選考で落選だった。大きな挫折を経験した内村はその後、南原とコンビを組み、お笑いの世界に入った。出川もまた彼らにそのキャラクターの面白さを見込まれ、リアクション芸人となっていく。

 かつての夢とは違えど、それぞれの分野で活躍を果たし、30年来の親友同士が「紅白」の司会と審査員として顔を合わせたのだ。こんなストーリーはなかなかない。

(てれびのスキマ 戸部田誠/ライタ―)

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