清水翔太が新曲でみせた詞と音との揺るぎなき一体感――近田春夫の考えるヒット

6/6(水) 11:00配信

『Friday』(清水翔太)/『恋はシュミシュミ』(郷ひろみ)

 時に、CDを買えば(歌詞カードとかには)ほぼ間違いなく作詞、作曲、編曲者の名前が連ねられている訳だが、いうまでもなくそれぞれは基本的には別の能力の問われる仕事で、たとえば編曲は作曲に比べ楽典的知識を必要とする。技術職の色合いが断然濃い。かたや作曲ではそうした側面よりむしろ感性的なものの求められる場合が多い。良いメロディが書ける人間だからといって編曲に向いているかというと必ずしもそうではないし、逆もまた然りである。無論、世の中には全方位きちんとこなせる職業音楽家の方も大勢いらっしゃいますが……。

 一方作詞はコトバを紡ぐ作業ではあるけれど――いわゆる詩を書くのとは異なり――旋律や譜割りとの調整というか有機的関係がどうしてもついて回る。いま述べてきた音の話になぞらえるならば、ある意味作曲と編曲の双方、すなわち感性と職人的なスキル、どちらをも必要とされる分野なのかもしれない。

 そしてコトバと音が別の才能なのは――筒美京平が歌詞を、阿久悠が曲を書いたか?――いわずもがなだ。

 いずれにせよ、毎週編集から届けられる新譜の何が気にかかるかといって、歌自体の出来やなにか以上に作り手/裏方のことだったりする場合が往々にしてあるというのも、私のような立場に就いていれば、ま、いたしかたないことなのよネ! とかなんとか屁理屈でお茶を濁させていただいておりますが、さて……。

 jpop歌手と一口にいっても、歌を作ったりなどは一切せず、ひたすら歌唱に情熱を注ぐ、いわば声楽家のような生き方もあれば、プロデュースを含め楽曲制作の何から何までこなしてしまう、マルチなシンガー/ソングライターまで、立ち位置は様々だ。そしてそのスタイル/スタンスの違いによって、自ずと出来上がってくる作品にも違いは出る。

 歌い手本人が、作編曲並びに作詞を一人で手がける何よりのメリットは、完成までどう好き勝手にしようがオッケー、歌詞に合わせてメロディを変更しようがなにをしようが、誰にお伺いをたてる必要もないことだ。これが分業だったらば、不可能とはいわずとも確認を取ったりと、相当面倒な工程を踏む必要があるだろうことは想像に難くない。

 そして、そうした絶対的自由な推敲の許された結果というものの良き例が、今回の清水翔太ではなかろうか?

 この作品の特徴/魅力は、なんといってもコトバと音との揺るぎなき一体感/立体感である。いい方を変えれば、このサウンドと歌詞はひとかたまりのものとなってしまっていて、分けたり剥がしたりが難しい。そこである。これは一人で全部まかなって初めて成立することだろうと思う。最初の頃、歌唱力にばかり注目のいっていた清水翔太だが、今回、もっと総合的な音楽家なのだということのアピールに成功したのではないか。

 郷ひろみ。

 丁寧に仕上げた“サルソウル歌謡”といった印象である。

近田 春夫

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